2014年6月21日土曜日
「筒井康隆」
30年以上前だったか、生き方に迷い、
出口のない悩みの森に入り込んでしまった。
当時アルバイトをしていたが、昨日まで普通に付き合っていたバイト仲間と、
何故か知らず、急にどう接していいか判らなくなった。
友人や後輩は今迄と変わらず関わってくるのだが、
その友情に応えられず、それがまた憂鬱の種として圧し掛かってきた。
兎に角辛い日々。今なら鬱状態だったと判るが、
当時はその状態に手も足も出なかった。
毎日、筒井康隆の小説を読みまくっていた。
この人のハチャメチャな小説の中に浸かっている時だけ、
苦しみを忘れられるような気がした。
破壊的で猥雑で荒唐無稽な内容は、現実逃避にピッタシだった。
しかし何も解決しなかったのだ。
現実に向き合い受け入れることから、希望が生まれた。オ。
2014年5月22日木曜日
三浦しをん
たまたまテレビで映画「舟を編む」を観た。
凄くいい映画だった。
その年の映画賞を総なめにした。
成程、今後何かを観るか、読むか迷った時には、賞と言う評価を判断材料にしよう。
ストーリーは実に地味である。
出版社のお荷物のように扱われている、
大国語辞書を編集する部署での、編集者たちの地道な苦労を綴った話だ。
派手なアクションは一切ない。
何故こんなに面白いのか?
偏に松田龍平演じるところの主人公の変人ぶりにある。
営業部にいた時は、殆ど役立たずの人間だったのに、
言葉に対する人並み外れた拘りが、
辞書編集部に配属になってから、めきめき頭角を現してくる。
水を得た魚と言うが、判るのだ。
僕も似顔絵に出会って生きられるようになった。
彼を観ていると鼻の奥が熱くなってくる。 オウスケ。
2014年4月24日木曜日
金子みすゞ
この人の詩を初めて知ったのは、
NHKの「にほんごであそぼ」と言う番組の中で、
野村萬斎がアレンジした「大漁」を聞いてからだ。
同じ番組で他にもいくつか紹介された。
その後あの東日本大震災があり、
CMの差し替えで「こだまでしょうか」が毎日流れたので、
覚えている方もあるかと思う。
あの折に何故、金子みすゞの詩が繰り返し流されたのか?
公共広告機構の意図はわからないが、
この人の詩の寂しいような懐かしいような、
心の琴線に触れてくる感じは、
確かにあの状況にマッチしていたように思えてくる。
この人の人生を辿ると、可哀そうでならない。
素晴らしい才能を期待されながら、不幸な結婚によって、
26歳でその生涯を閉じることになってしまった。
この絵は彼女への鎮魂歌のつもりで描いた。オウスケ。
2014年3月23日日曜日
東海林さだお
小学生時代、白土三平や水木しげるの漫画に夢中になり、
学校の作文に「将来は漫画家になる」と書いた。
その夢は父がシナリオ作家だったこともあってか、
親の反対にも会わず、順調に育ってゆくかにみえた。
がしかし夢は見続けたが、実際の努力はしなかった。
夢を叶えたかったら、
こつこつと具体的な努力を地道に続けなければならない。
結局は夢を食べるバクのようになって、
貴重な人生の時間を虚しく使ってしまった。
幸福にも似顔絵描きと言う仕事に就くことが出来て、
今は何とか暮せているが、
これが無ければ今頃何をしていることやら。
現場への行き帰りの電車で、
東海林さだおの漫画に笑いを堪えながら、
今更ながら一作でもいいから漫画を描き上げたかったと、
臍を噛むのだ。 オウスケ。
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