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2008年10月31日金曜日

1994年11月名刺用自画像


 ポレポレの会だよりに書ていた切り絵とエッセイを、
このブログに載せていたが、在庫が底をついてきた。
ただこの後は暫く載せる分がある。
12月号分と正月号分は、余りに季節感があり過ぎるので、載せないできた。
その分があるので、これから少しずつ、出してゆくつもりだ。
それも出してしまうと、切り絵の在庫も本当に無くなってしまうので、
本来のブログとして、日記を書いていこうか!?
どうしようか?
まだ考えていないのだ。
*あ、この絵は14年前になるか!?現在の会社で使う名刺用に描いた自画像だ。
今と全然違う、この頃はまだ自分を格好良く描こうとしていたな(笑)。

2008年9月4日木曜日

2008年9・10月号「昔の自画像」


 毎年、夏休み明けに、手抜きの作品を載せているんじゃなかろうか?
本当なら、今回は9・10月合併号なので、いつもよりじっくり取り組む時間があるわけで、
大作を期待されても当然なのだが。
ところが人間というものは、理屈どおりには生きられないのだ。
時間が余れば、あまったで、油断したまま締め切りをむかえてしまった。
嗚呼、我ながら情けない。
そこで、今までも何回か使った、裏技を出すことになりました。
すなわち、昔描いた作品を、引っ張り出してきたのだ。
この自画像は現在の私とは、まるで別人のようだ。
元気そうで、はち切れそうではないか。
15年ほど前の私か?タバコをやめた影響で、太ってしまった頃の私だ。
諸行無常ですね。

2008年8月20日水曜日

2006年10月号「朝顔が咲いた!」


 我が家のベランダで鉢植えの朝顔に花が咲いた。
うちでは夫婦ともに性格的に植物を育てるのが苦手だ。
物言わぬ植物を、気長に観察しながら、生育の状態を見取り、
毎日まめに世話をする。うまく育たないようなら、
何が問題なのか一所懸命に考えて、わかろうとする。
そして手当てをする。地道で目立たない仕事を、持続力を持ってしなければならない。
まあ、なんと我々に向かない仕事である事よ。
ところが今回は妻が頑張った。
息子が保育園の先生から貰ってきた、朝顔の種だから。
何としてでも咲かせて、子供を喜ばせたかったのだ。
土を替え、栄養剤まで打って、面倒を見た。
就寝前に子供に声をかけて、なるべく一緒に水をやった。
愛情の勝利と言うべきか、
咲いたのだ。
*今年はもっと咲いている。
それから友人のO夫婦から頂いた、幸福の葉っぱも繁っちゃてすごいことになっている。
幸福になりそうだ。

2008年8月18日月曜日

2007年8・9月号「2007年・切り絵展」


 以前住んでいた地域の切り絵サークルから、出展を誘われて、
今年は4点出させて頂いた。会期は5月中頃の4日間。
最終日は搬出のため息子と一緒に会場に詰めた。
息子は一時間もすると飽きてしまい、「外で遊びたい」とぐずるので困った。
誰か知人が観に来てくれるかもしれず、余り会場を空けるわけにはゆかないのだ。
いつもは妻が子供を連れ出してくれるのだが、
今年は都合が悪く、妻は来ていない。
泣く子をなだめながらも終了までに、何人かの友人と再会の時を楽しむ事が出来た。
次はいつ会えるだろう。
いつか切り絵の個展がしたい。画文集も出したい。
金も時間も必要なので、思い通りにはならないが、
夢は持った方が良い。明るい未来のために。
*去年の切り絵展の事です。
今年の事も絵にしようかな。

2008年8月7日木曜日

1999年5月号「祝辞」


 私事ですが、48歳にしてようやく結婚の運びとなりました。
ポレポレの会のみなさまからも、たくさん祝福していただきました。
本当に有難うございました。
さて結婚披露宴での友人各位の挨拶は、
オウスケが如何に皆さんに、心配を掛けていたかが露呈されたものとなった。
曰く「去年の年賀状に今年の春頃結婚しますって書いてあったのに、
ちっともその様子がないから、皆で心配していたんです」とか、
心配していたと言う発言が連発した。
花嫁に向かっては「オウスケさんをよろしく頼みます」がほとんどだった。
その内彼女には「勇気ある花嫁」との称号を賜るのだった。
兄は「夢のようだ」と言った。
*例によってこの文は昔に書いたものです。
今、私は57歳、結婚9年目に相成ります。

2008年6月26日木曜日

「若き自画像」


 *1995年1月29日から2月16日の期間、
池袋サンシャイン展望台のスカイギャラリーにて切り絵展を開催した。
それまで喫茶店等でも個展をさせてもらった事はあるが、
本格的なギャラリーでの開催は初めてだったので、すごく嬉しかった。
タイトルに若きなんて付けたが、この時すでに44歳である。
私は若い頃、ちゃんと定職に付かず、いつまでもフリーター生活をしていたし、
その内鬱病になって、自ら成長する事を拒んでいた時期が長かったので、
何時までも大人になりきれてない顔をしていたのだと思う。
病気が治って、働き出し結婚もしてからは、老ける速度が早まったように感じる。
それからこの絵はいつも載せている表紙絵とは違う。
ポレポレの会だよりに載せていない作品も少しはある。
徐々に出してゆくつもりだ。

2008年6月8日日曜日

1998年10月号「母の肖像」


 遠い記憶の中に、何故か忘れることなく、今まで抱き続けた情景がある。
何歳だったか?幼少時、小学校に入ったかどうかと言う頃。
私は何かで母から叱られて、子供部屋で布団をかぶって泣いていたのだ。
しくしくやりながら、切ない想いを噛みしめていた。
と、襖の開く音が聞こえ、誰かが入ってくる気配がした。
「お母さんだ」私は寝た振りをしたまま、全身で母の気配を探っていた。
母は布団の脇をとおり、私の枕元で座った。
私を起こさないように顔を寄せ、じっと見つめている様だった。
その後私の額にキスをして、そっと部屋を出て行ったのだ。
私は寝た振りをしたまま、甘酸っぱい喜びに満たされて、
そのまま眠ってしまったのだ。

2008年5月9日金曜日

1999年3月号「父」


 ついこの間のことだ.銭湯でカランの前に座って、何気なく目の前の鏡を見て驚いた。
「お父さん」と思わずつぶやいてしまうほど、そこに映された私の顔は、
亡くなった父親に似ていたのだ。
戯れに頭に少し水をかけて、指で髪をかきあげ、オールバックにしてみた。
まるで瓜二つだ。なんだか変な気分だった。
「やっぱり私は親父の血をひいているんだな」と「私も齢をとったな」との、
二つの思いが同時によぎった。
シナリオ作家の父に憧れとコンプレックスを抱きながら、漫画家を目指した青春だった。
そして挫折。フリーター、病院、入院、社会復帰。
「色々あったけど、今は似顔絵描きでなんとか生きています。
来月結婚します。お父さん有難う」
*例によってこの文は昔に書いたものです。来月結婚するわけではありませんから、
お間違えなきように。

2008年5月8日木曜日

2008年6月号「私は似顔絵描き」


 私は伊原桜祐。職業は似顔絵描きです。
東京近郊のテーマ・パークやショッピング・モール等にある似顔絵コーナーで、
お客様をお一人10分くらいでお描きしています。
月に何回かイベント出演で、泊りの出張をすることもあります。
似顔絵を描くにあたって、私がこだわっている事があります。
「そっくりにお描きしたい」と言うことです。
そっくり似顔絵には癒しの力があります。
私がかつて鬱病の轍から、抜け出すことになったきっかけも、
ある人に生まれて初めて、自分の似顔絵を描いてもらった事でした。
私は描かれて癒され、次に描いて癒されています。
私の人生の目的は,障害のある人のもとに行って、
似顔絵を描かせて頂くことです。それをする日のために今を懸命に生きています。

2008年4月23日水曜日

1999年4月号「千客万来」


 「笑う門には福来る」などと言うが、以前テレビで、
「笑い」には人間に内在する自然治癒力を強める効果がある。
と言っているのを観たことがある。そうかも知れないと、妙に納得してしまうのだ。
話は変わるが、「OL進化論」というマンガが大好きだ.
秋月りす、と言う女流漫画家の作で,他に「かしましハウス」等があって、
どちらも単行本を見つけたら、必ず買ってしまう。
そして読み終わった巻でも、何回もくりかえして読むのだ。
「どうしてこんなに飽きないのか?」と疑問だったが、ようやくわかった。
登場人物がいつも笑顔に描かれた、このマンガに癒されていたのだ。
当人だけでなく、まわりも元気にしてしまうのが笑いなのだ。

*今日、又絵を取り込むことが出来なかった。直し方など分らないのだ。
私は馬鹿の一つ覚えで、友達に教わった通りに、やっているのだが、
それでエラーが出るとお手上げなのだ。暫く文だけになるのかも。

2008年4月18日金曜日

2005年8月号「おばけ屋敷」


 息子は現在3歳半だが、私の影響でちょっと変わった趣味をもっている。
おばけが好きなのだ。「ゲゲゲの鬼太郎」や「怪物くん」のレンタルビデオを、
一緒に観たところ、私より夢中になってしまった。
正月に「大・水木しげる展」に連れて行ったことも、
その勢いを加速させる原因になったようだ。
先月は義母と妻に連れられて、大型スーパーで開催されている、
お化け屋敷にも行ったが、こちらは恐がって入らなかったという。
恐いもの見たさの気持ちはあるが、人一倍恐がりなのだ。
それを聞いて、かえって安心したのは何だろう。
就寝前の寝物語に「恐い話をして!」と請われて、しかたなく、
余り恐すぎないように、恐い話をしているのだ。
*この文は3年前に書いたものだ。当時は水木しげるが、
今のように大ブレークしてた訳ではない。
お父さんとしては先見の明を、ちょっと自慢して良いのではないか?
*今、画像が取り込めなくなってしまった。
処理の仕方が分らないので、暫く更新できないかも。トホホ。
*翌日恐る恐るやってみたら、今度は出来た!?。よくわからない。

2008年4月5日土曜日

2008年5月号「しいたけ山」


 家で椎茸を栽培している。通販で椎茸の菌床を買った。
バケツを逆さに置いた様な形の菌床に、適当に穴の開いたポリ袋をかぶせ、
湿度を調節しておくと、一晩で可愛い椎茸がポコポコ生えてくる。
そのまま放って置くと、小さな椎茸がびっしりと生え過ぎて、
お互いに成長の邪魔になってしまうので、詰まって居る所は間引きをする。
その取り除いた奴も、夕飯のおかずにした。
普段店頭で見かける、充分開いてしまっている椎茸と違って
これはしめじ位の大きさで、そこを食べるのが、又面白いのだ。
そのうち残した椎茸も見る見る大きくなる。
我々だけで味わうのが勿体なくて、友人家族を招待した。
皆で見ている側から採って調理した。子供たちは大喜びだ。
皆さんも一度やってみては如何?

2008年3月29日土曜日

2005年6月号「あじさい見物」


 子供が生まれる以前のこと、
妻に誘われて、白山神社にあじさいの見物に行った。
境内がぐるりとあじさいの路に囲まれている。
記念に写真を撮ろうという事になったのだが、
大勢の見物客の中で、良い場所に陣取って、いつまでも動かない人達が居る。
何かと思って見ると、水彩画サークルの人らしく、熱心にスケッチして居るのだ。
それは良いけど、この人達は景色の良い場所を離れないので、
写真を撮りたい私達にとっては、すごく邪魔なのだ。
妻と二人で(どいてくれ光線)を発射するのだが、
この人達は私達の気配に、気づいて居るのか居ないのか、
全然動じないのだ。迷惑この上ない。
さりとてこれ以上のことは出来ず、私達は良い場所を探して移動したのだ。

2008年3月18日火曜日

2005年7月号「温泉天国」


 温泉旅行がしたいなあ。家族3人でのんびりと、広いお風呂に浸かりたい。
飼い猫の光の世話を、猫好きの友人に頼んで、心置きなく出掛けるのだ。
子供が生まれる前に夫婦旅行をした、養老の滝温泉あたりが良いだろう。
旅館は料金が安くて、部屋はきれい。
旅館スタッフの暖かいもてなしを受け、出される料理はどれも美味しい。
温泉は広~い露天風呂がいいな。
夕食後にゆっくり入るとする。見上げれば満天の星だ。
思いっきり楽しんだ後の、心地よい疲れに、子供はぐっすりと眠ってしまう。
その後で妻と二人、水入らず、やっとくつろいで、
辛口の地酒をちびちびと遣りながら、肩の凝らない世間話でも、
時間を忘れてしてみたいのだ。ああ極楽、極楽。

2008年3月9日日曜日

2006年5月号「我が家で温泉気分」


 私のストレス解消法は休みの日に朝からお風呂に入ること。
昼過ぎにも入って、日に何回も入るのだ。
ただ狭いバスタブの中では思いきり脚を伸ばせないので、
逆にストレスに感じたりもするのだが。
それにしても朝からお風呂と言う過ごし方は、
私にとって最高の贅沢であり、休みを満喫する一番の方法なのだ。
だから出来るかぎり楽しもうと、”温泉の素”などを投入して、
気分を盛り上げようと努力する訳。
使った温泉の効能書きなども読んで、
自らプラシボー効果を求めたりもするのだ。
眼を閉じて温泉郷に居る自分を想像する。
美味しそうな地酒や料理をまぶたに想い浮かべれば、
我が家に居ながらにして、もう温泉気分なのだ。いや~極楽、極楽。

2008年3月7日金曜日

2006年4月号「コーヒーカップ」


 家族で後楽園ゆうえんちにマジレンジャーショーを見に行った。
4歳の息子の熱狂振りがすごかった。
泣き、叫び、無我夢中で声援を送っている。
それを側で聞いていて、父として嬉しかった。
幼少時の子供の心にファンタジーの世界がしっかり出来ていれば、
大人になって辛いことがあった時に、
そのファンタジーの世界に逃げ込むことが出来ると言う。
親は子供の夢を壊さないようにして、その世界を共有することが肝心だ。
心無い大人に「あのヒーローの中には人間が入っているんだ」等といわれて、
夢を壊され続けた子供は、大人になって辛い時に、
その世界が無いから、病気に逃げたり、
お酒に逃げたりするようになってしまう。
息子は今、心にファンタジーを育んでいる。
*これは以前に描いたものです。現在、息子は6際になり、4月から小学校です。

2008年2月27日水曜日

2005年11月号「3年後」


 アパート住まいの私にとって、
この絵を3年後とは無謀な題名と言われても仕方あるまい。
それでもあえて自分に発破をかけるつもりで3年後としたのだ。
無常のときは一刻の猶予無く流れている。
うかうかしてはおられんのだ。
私は現在53歳だが、近頃時間の流れがすごく速くなったように感じる。
1年など「あっ」と言う間に過ぎてしまう。
漠然と生きていれば10年だって「あっ」と言う間だろう。
そしてやがてやって来る臨終に際して
「私の人生って一体何だったのだろう」と悔やんでも後の祭りなのだ。
そんなの嫌だから、目標を定めて、具体的に生きてゆくのだ。
成就するかどうかより、そのように生きたかどうかが大切なのだ。
この人生、出来る限り大切に生きたい。
*この文章を書いた時点では53歳だが今現在は57歳です。お間違えなく。

2008年2月13日水曜日

2004年2月号「鬼は外」


 子供の頃は節分の日に「鬼は外」「福は内」と
大声で叫びながら家の内外へ炒り豆を投げた。
後で年齢の数だけ豆を食べるのが習わしであった。
いつもサバを読んで沢山食べたものだ。
ところで鬼は外と言っても鬼が本当に居るとは誰も思っていない筈。
想像の所産だから。
逆に言えば想像の世界=心の中には鬼が存在することになるではないか。
喜怒哀楽の感情に翻弄されて人生を狂わせてしまう、
私たち人間の心の闇に、確かに鬼は存在するのだ。
喜、やりたい放題の独りよがりの鬼。
怒、いつも不満を抱え人を許せない鬼。
哀、人を恐れ卑屈で自己否定の強い鬼。
楽、怠惰に呑まれ眠りに陥り怠ける鬼。
私の心の中の鬼共よ「鬼は外」「鬼は外」「鬼は外」「鬼は外ォ」