2016年11月29日火曜日

2016年10月26日水曜日

「田村正和」




1943年生まれ。俳優。阪妻こと坂東妻三郎の三男。
兄・高廣、弟・亮と共に田村三兄弟と呼ばれる。
代表作「眠狂四郎」「古畑任三郎」等。
クールな二枚目役が多く、端正な顔でぼそぼそ喋る。
これがドラマの中で女性にもてるのだ。
青年だった僕はそれを見て反感を募らせていた。
今となれば、どちらも爺になっているから、
そんな気持ちも大して湧かなくなった。
でも僕はお兄さんの田村高廣の方が好きだ。
温かい雰囲気でいい味出していたのだ。
残念ながら亡くなってしまった。
齢を取ったこの人が兄の後を引き受けて、
温かい役をやったりしたら面白いのでは等とふと思った。
あ否、でもこの人はクールな二枚目を、
よぼよぼのお爺さんになっても続けるのが真骨頂なのかもね。
人は幾つになっても自分の殻を脱ぎ捨てられないものかも知れない。
僕は未だまだ変わってゆきたいのだが。  オ。

2016年9月27日火曜日

「福原愛」




1988年生まれ。卓球選手。世界ランキング最高位は4位。
天才卓球少女の彼女が幼少時から、厳しい鍛錬に泣きながら耐える姿や、
試合中に不利になると泣き出すことから
「泣き虫愛ちゃん」と呼ばれ国民的アイドルになった。
日本中の人が彼女の子供時代から、やがて青年期を経て、
結婚するまでをリアルタイムで観てきたので、
まるで親戚の娘を応援する様な気持ちになっているのではないか。
僕も彼女のファンの一人として、彼女の幸せを祈っている。
結婚の記者会見で流暢な中国語を話すのを聞き、
驚いたが NHKの「とっさの中国語」と言う番組で
レギュラー出演していたことがあると聞き、なるほどと思った。
この絵は週刊朝日の似顔絵塾で入選した作品で愛着がある。
これからも彼女の成長を見届けて、
おばさんになった愛ちゃんの絵も描いていったら楽しいと思います。 オウスケ。

2016年8月24日水曜日

田中泯

  

 1945年~。ダンサー・舞踊家。
舞踏家や俳優ではないとしている。
ご本人は俳優ではないと仰っていても、
こちらは俳優としてしか観たことがありません。
僕が初めてこの人を知ったのは山田洋次の時代劇映画
「たそがれ清兵衛」によってだった。
主人公の敵としての役どころだった。
観たことのない役者なのに凄い存在感だと思った。
その後「外事警察」「るろうに剣心」と観た。
だから舞踊家としての姿は知らないのだが、
その世界では相当高い評価を得て活躍しているらしい。
その鍛え抜かれた身体を観れば、
なるほどと納得してしまうのだ。
るろうに剣心での元幕府御庭番の頭役で、
敵と戦う動きは、到底70歳近くの人とは信じられないものであった。
驚いた!精進を怠らない人間の可能性に励まされもした。僕も今65歳だが、まだまだ働かなければならないから。     オウスケ。

2016年7月27日水曜日

チェ・ホンマン





1980年生まれ。韓国のキックボクサー。
総合格闘家。俳優。身長218cm。体重160㎏。

テレビで格闘技などを観ないので、この人を知ったのは
ドラマの「怪物くん」に出てくるフランケンの役によってだ。
だから巨漢でも恐いと言う印象は無かった。
切り絵にしようと思って画像を調べたら、
格闘家としての写真が沢山見つかり、
こちらは流石に目つきが鋭く厳しい顔をしていた。
この切り絵は格闘家の写真から描いた。
実は僕はこの人を実際に似顔絵コーナーで描いたことがあるのだ。
昔、或るテーマパークで似顔絵描きをしていた頃、
もの凄い大きなお客さんが来ているな!と思っていたら、
後から僕の席に座ってくれた。
とても優しい感じの人で、片言の日本語を話し
終始ニコニコとされていた。似顔絵も気に入ってくださった。
写真を撮らせて貰えば良かったが、言い出せず後の祭りだ。オ

2016年6月27日月曜日

「山田風太郎」






1922年~2001年。伝奇小説、ミステリ、時代小説家。幼少時に両親と死別し、また徴兵検査で肋膜炎のため丙種合格になったことで、社会から疎外された者として人格形成がなされた。小説家としては本格推理ものから始まった。その後「甲賀忍法帖」を皮切りとして忍法帖シリーズが大衆に受け、映画化もされて人気を博した。
後半は「警視庁草紙」等、明治時代の大衆になじみの深い歴史上の人物を多く登場させた時代小説を書いた。史実と史実の間を独創的なエピソードで埋め、有名な人物たちが意外な場所で出会うと言う手法は、その後の作家たちに大きな影響を与えた。晩年は毎日ウヰスキーをボトルの1/3くらい飲んで、アル中ハイマーと自称していた。さて僕はこの6月をもって専属の似顔絵師派遣会社を辞めフリーになった。これからはプロの似顔絵描きとして自由に働きます。オ。