2008年3月16日日曜日

2001年11月号「ヨハネス・ブラームス」


 19世紀後半に、後期ロマン派の作曲家として活躍したブラームスは、
新世紀を迎えようとする時代の雰囲気の中で、
当時の新しい音楽の流れに、あえて乗らず、
過去の楽聖達の残した音楽遺産を継承し、完成させることを自らの使命とした。
「ハイドン、モーツァルト、ベートーベンと言った
十八世紀の神々のような音楽家たちに比べれば、
私たち、十九世紀の音楽家は、普通の人間にすぎない」
ブラームスは過去の楽聖達の音楽に強い憧れを抱きながらも、
自分の未熟さに絶望している。
それでも音楽に魅かれ一生を通じて練磨と研究を続けた。
凡人似顔絵描きの私にも、天才の仕事を前にして切望する気持ちは良くわかる。
私も努力の天才ブラームスに倣って生きたい。

2008年3月14日金曜日

2002年7月号「北条早雲・星辰」


 北条早雲が好きだ。人生50年と言われた時代に、
50歳を過ぎてから新たな人生をいき直した早雲に、
51歳の私は希望を見る思いがするのだ。
若き日の早雲、伊勢新九郎は足利幕府に仕える申次衆であったが、
政府の中に居ながら、理想と現実の間で挫折感を募らせていた。
やがて職を辞し、自分の生きる道を求めて臨済宗の大徳寺に参禅した。
「所詮、人はいずれ死ぬ身、いつでも死ねる覚悟が出来ていれば、
その日を精一杯生きることができる。
一日一日を覚悟して生きれば、たとえ成し遂げられなくても心が迷うことがない」
53歳で新たな人生をスタートさせ、
88歳で亡くなるまで小田原に北条氏五代の繁栄を築いたのだ。
私だって、まだまだ頑張るぞう。

2008年3月13日木曜日

2002年4月号「ロートレック」


 アンリ・ド・トゥールーズ・ロートレックは、
1864年西フランスの名門貴族の家に生まれた。
伯爵家の繁栄を守るための、家系内での便宣的な結婚であった。
やがて両親は別居し、母は結婚の失敗を埋め合わせるかのように、
残されたアンリの養育に没頭した。
彼は少年期に相次ぐ事故で両足を骨折し、
下半身の成長が止まった。
母の愛情が尚さらに注がれたことは、想像に難くない。
17歳のかれは、母の独占欲から逃れるように、
パリに出て絵の勉強を始めた。
やがてその才能を開花させたが、
ナイトクラブや売春宿などに足繁く通う放蕩生活に傾斜していった。
それは母の呪縛に対する反発のようにも見える。
30歳頃からアルコール中毒になり、36歳で没した。

2008年3月11日火曜日

1998年5月号「閉塞」


 「恐い、嫌っ、ほっといてよ。どこにも行きたくないわ。
ここに居る。ここから動きたくないの。嫌っ、誘わないで。
やめて、触らないでよ。本当にほっといて頂戴。
駄目だめ、出来ないわ。よけいなお世話よ。
私に構わないで、お願いだから。ドアの外に誰かいるわ。
嘘、わかってるわ。笑ってる。私を嘲ってるんだ。
口惜しい。ひどい。惨めだわ。私がこんなに苦しんでいるのに。
もう、許して。苛めないで。私はこんなにみすぼらしい。
こんなに汚い。最低です。お願い軽蔑しないで。
無力で何をする元気もないの。嘘じゃない、本当よ。
わかって。何で分ってくれないの。もう、嫌だ。
誰も分ってくれないんだ。何もかも嫌だ。
嗚呼、あっち行って。一人にしてお願い。疲れたわ。」
これは作っているが、私もこういう気持ちになったことがある。
だから分るよ。ただ言えることは、いつか必ずそこから抜け出せるということ。

2008年3月9日日曜日

2006年5月号「我が家で温泉気分」


 私のストレス解消法は休みの日に朝からお風呂に入ること。
昼過ぎにも入って、日に何回も入るのだ。
ただ狭いバスタブの中では思いきり脚を伸ばせないので、
逆にストレスに感じたりもするのだが。
それにしても朝からお風呂と言う過ごし方は、
私にとって最高の贅沢であり、休みを満喫する一番の方法なのだ。
だから出来るかぎり楽しもうと、”温泉の素”などを投入して、
気分を盛り上げようと努力する訳。
使った温泉の効能書きなども読んで、
自らプラシボー効果を求めたりもするのだ。
眼を閉じて温泉郷に居る自分を想像する。
美味しそうな地酒や料理をまぶたに想い浮かべれば、
我が家に居ながらにして、もう温泉気分なのだ。いや~極楽、極楽。

2008年3月7日金曜日

2006年4月号「コーヒーカップ」


 家族で後楽園ゆうえんちにマジレンジャーショーを見に行った。
4歳の息子の熱狂振りがすごかった。
泣き、叫び、無我夢中で声援を送っている。
それを側で聞いていて、父として嬉しかった。
幼少時の子供の心にファンタジーの世界がしっかり出来ていれば、
大人になって辛いことがあった時に、
そのファンタジーの世界に逃げ込むことが出来ると言う。
親は子供の夢を壊さないようにして、その世界を共有することが肝心だ。
心無い大人に「あのヒーローの中には人間が入っているんだ」等といわれて、
夢を壊され続けた子供は、大人になって辛い時に、
その世界が無いから、病気に逃げたり、
お酒に逃げたりするようになってしまう。
息子は今、心にファンタジーを育んでいる。
*これは以前に描いたものです。現在、息子は6際になり、4月から小学校です。

2008年3月6日木曜日

2001年7月号「千体観音・光転の連鎖」


 百八態羅漢に続き自分なりの仏画を描いた。
京都・三十三間堂の千手観音からイメージを膨らませた。
観音様のことを施無畏者と言うのだそうだ。
恐れのない気持ちを施す者の意味。
私達のような、忍土でもがき苦しんでいる者を、哀れと思い、
その苦しんでいる最後の一人まで救い取ることが出来ないうちは、
自らもあえて如来とならない。と言う本願を立てた仏様なのだ。
そのような志高き一人の人間の、愛に満ちた行いが、
周りの人々を感化し、次々に連鎖して広がってゆく様を、
曼荼羅の様式を借りて描きたかった。
心の上に刃を置くと書くこの忍土において、
人の苦しみ我が苦しみ、人の喜び我が喜び。
と感ずることが出来たらと思います。私の理想です。