2008年4月16日水曜日

2004年6月号「洋食屋のマスター」


 店の名は忘れたが、昔、洋食屋でアルバイトをさせてもらった事がある。
千駄ヶ谷近くのY病院に掛かっていた頃のこと。
定職に就かず、将来に向けての具体的な目標もなかった。
ただ毎日を漫然とおくっていた。治療の一環なのか、
主治医のN先生の紹介で働くことになった。
初対面の印象は、仏頂面をした恐そうな人。
必要なことだけ命令口調で手短に言ってくる。
私の仕事はランチの出前を配達する事、と聞いていたのに、
店の掃除、皿洗い、キッチンヘルパー、ウェイター等、
調理以外なんでもやらされた。
何時もつまらなそうな顔をしているので、何か怒っているのかと、
びくびくして居たけど、特に怒られたという事もない。
たまに口元だけで少し笑った。
*あれから15年以上経っている。
マスターはどうしているだろう。お店は未だあるんだろうか。

2008年4月14日月曜日

2004年4月号「堕ちる」


 いきなり堕ちてゆくんですね。
理由も何もわかりゃしないですよ、こう云う時は。
兎に角、頭の中は真っ白になっちまってて、どこか遠くから、
ウワァーッなんて叫び声が聞こえてきたと思ったら、
それは自分がわめいている声なんですよ。
まあ恐いなんて言葉じゃ足りませんよ。どうにも止まらない。
どうすることも出来ない。でもどんどんどんどん堕ちてゆく内に、
なんだか諦めのような、観念しちゃったような、静かな気分になってきたですよ。
それで、ああそうか、あの時得意の絶頂でわたしゃ、
自分を見失ってたんだなって事が見えてきた。
ストップをかけるべきだったって、気が付いたですよ。
ところがそん時にゃあ、もう後の祭り。遅すぎたって訳ですよ。
*この文は作っているのものなので、ご心配なく。

2008年4月13日日曜日

2004年10月号「河童の水垢離」


 こんなものを描いた。思うにこの夏は身体の故障が続いたからかも知れぬ。
夏風邪がようやく治って間もなく、風呂掃除をしていてぎっくり腰になってしまった。
三日三晩、身動きもならず、寝返りを打つにもうめき声をあげた。
それが落ち着いた頃、歯痛が襲ってきた。余りの痛さに食事が進まないほどだ。
その後が腱鞘炎、結膜下出血と続いた。
これで打ち止めのようだが、意識下で厄払いでもしたい気持ちが働いたのだろう。
他人事のようだが、毎回何の絵を描くかは締め切りが近付くまで、
自分でも分らない。切羽詰っていきなり思いつくままに、下書きを始めるのだ。
だから夢判断のように、その時々の自分の内面が、
切り絵を通して、透けて見えてくるのかもね。
*例によってこの文は昔書いたものです。
現在は健康でぴんぴんしてますからご心配なく。

2008年4月11日金曜日

2003年4月号「コペルニクスの転回」


 誰もが絶対間違いないと信じていた常識が、
想像もつかない新しい説によって、根底からひっくりかえってしまう。
16世紀中頃に天文学者、コペルニクスが説いた地動説こそ、
人類史上最も驚くべき、革命的な新説と言って良いだろう。
敬虔なキリスト教信者であり、自ら教会の職にも就くコペルニクスにとって、
教会の見解に反する真理に、時代に先駆けて、
ただ一人気付いてしまったことは、
かえって苦しみを抱えることになったであろう。
彼は教会の見解に反する学説の発表にためらい、
公にするまでに13年の長きにわたり悩み続けた。
しかし彼は誰にも信じてもらえない事を、
自らの信念に従ってついに公表した。
彼の勇気は素晴らしい。
私も人の思惑ばかり気にして生きるのはやめにしたい。

2008年4月10日木曜日

2004年7月号「人生の踊り場」


 私はこんな所で何をしているんだ。いつまでここに座っている。
無常の時は一刻の遅滞も無く流れている。
躊躇している暇はない筈。今すぐに動け!始めろ!
恐がっている場合ではない。
人生は、何時までも続く登り階段を、重い荷物を背負って、
一人で上がって行くようなもの。
その半分も行かぬ内に、踊り場にへたりこんで居るのだ。
気がつけば次の一段がずんずん高くなっている。
もう嫌だ、疲れた。このままここに居る。
これ以上登って行くのは大変だ。苦労はしたくない。
と駄々をこねている。馬鹿野郎、泣くな、私よ。
今まで楽をしてきたんだ。これからは辛くても頑張ってみよう。
諦めないで生き直しの人生を始めよう。
諦めるとすれば、楽をすることを諦めよう。
*この時に頑張ると書いたのに未だ全然やるべき事が出来ていない。
次の段階に行くために私は変わります。

2008年4月9日水曜日

2003年9月号「棟方志功の宇宙」


 学生の頃、何処かのデパートで開催された「棟方志功展」を観に行った。
そこにある作品群の圧倒的な存在感に驚き、夢中になり、
すっかり志功の虜になってしまった。
ちょうどその頃、テレビでも志功をモデルにした、
連続ドラマをやっていて、渥美清が主演をやっていたが、
その生き様に魅せられ、益々好きになった。
生前の志功が作品を制作している映像が残っているが、
弱視の志功が、版木にほとんど顔をくっつけるようにしながら、
無我夢中で一気呵成に彫刻刀を扱う様は,
神懸かりと言うにふさわしく、
観る者をして不思議な感動に包み込まずにはおかないものがある。
絵と言うものに画家の命が吹き込まれ、
作者の亡き後も生き続けると言うことも教えられた。

2008年4月8日火曜日

2003年11月号「おでんで一杯」


 寒くなってきました。仕事帰りに仲間と一杯やりたいですね。
おでんなどつつきながら、お酒を熱燗にしてゆっくり呑めたら最高ですね。
その内だんだん体が温まって来て、会話も弾んでくる。
嫌な奴の悪口なんかも、気兼ねなく言える仲間ばかりでさ、
ほとんど「あるある」「そうそう」「同感同感」て感じで盛り上がって。
日頃のストレスもすっかり解消されちゃったりするわけ。
終電に間に合うように切り上げて、気分良く家に帰る。
そう云うのいいよなあ。だけど実際は、
もうすぐ2歳になる子供が居る我が家へ、わき目も振らずに帰るのだ。
付き合いの悪いことと云ったら無い。
外でお酒飲む余裕はありませんよ。
お酒は休みの前日、発泡酒を2~3本、これで決まり。
*これから暖かくなると言うのに、季節はずれな文です。
以前書いたものです。子供も現在は6歳になりました。
そうそう、今日は私の息子、風祐の小学校入学式なんですよ。
お父さんはまだまだ頑張って似顔絵を描き続けなくては!